【読書感想】「経済成長神話の終わり」アンドリュー・J・サター/何のための成長か
もさくネコです。
今回は、講談社現代新書「経済成長神話の終わり 減成長と日本の希望」(アンドリュー・J・サター著)の読書感想です。
冴えないおじさんが飲み屋で駄弁っていると思ってお読みください。
結論
- GDPは主観的で曖昧な数字
- 「経済成長が必要な理由」の根拠は強くはない
- 環境保護との両立が可能という考えは、不安定
- 経済成長に捉われず、質を重視した豊かさを目指そう
目次
基本情報
著者は、国際弁護士で立教大法学部教授(2012~)のアンドリュー・J・サターさん。アプライド・マテリアルズ社という半導体製造機器メーカーでM&Aを担当したりしたそうです。
経済成長が必要な理由(年金システムの維持、国際的地位の向上など)への反論、付随して生まれる環境問題、経済成長神話が生まれた経緯、これから目指すべき方向性(減成長)などが書かれています。
2012年の本ということでちょっと古いですが、脱成長や脱資本主義という考えが注目されている日本で、今後の目指すべき方向について、ヒントを与えてくれる内容だと思います。
読もうと思った理由
前回の記事でも書きましたが、日本経済はわりと十分に成熟しているし、高齢化で需要はないと考えています。
そんな中で、どんなことをすれば儲かるか、色んな人が色々と分析しまくって、長時間労働しまくって、時に精神まで病んでしまって、めちゃくちゃ競争したり努力しないと生み出せない、探し出せない利益や需要(消費)って何なんだろう、そんな犠牲のもとに成り立つ経済成長って意味があるのか、と思ったからです。
本来的に人間に必要な物事って、こんなに苦しい思いをしないと生み出せないものなのだろうかという疑問があります。
個人的見どころと感想
GDPは、主観的な数字
私たちが目にするGDP数値の根拠の大半は、実は政府の統計担当者による推測なのだ。(位置№255*1)
GDP計算に必要な数値がどこかで集計されて、算出されているわけではない、とのことです。これは結構驚きでした。
そのほかにも、
- 企業の棚卸資産や投資資産の計算方法も企業によってバラバラ
- 国によっても計算方法がバラバラ
とのことで、主観的で抽象的な数値と言えそうです。
「経済成長が必要な理由」への反論
経済成長が必要な理由として、代表的なものについて反論されています。
ここでは3つを要約して紹介します。
①「年金システムの維持に不可欠」への反論
- あくまで、拠出金の合計は①拠出人数②賃金に対する拠出金の割合③定年退職の年齢などによって決まる。
- 1980年代、レーガン政権下での富裕層減税政策では、経済成長はしたが、税収減。つまり、経済成長しても、年金の原資が増えるとは限らない。
経済成長=税収増ではないようです。
どうしたら税収増になるのでしょうか。
多分、結局お金持ちから集めるしかないのでしょうが、税金が安い国に資産が移動されるだけでしょう。
高齢化で年金支給総額が増えても、ご高齢の方々がたくさん消費してくれれば、理屈では経済が回るような気がします。
ですが、このコロナ下で日本人の現預金は1000兆円を超え、大部分は高齢者が所有しているそうです。
先行きは不安だし、若い時と比べれば元気もないし、物欲もないので消費しないのかもしれません。
また、『DIE WITH ZERO』という書籍には、老後のために蓄えた資産はあまり減らさない、ということが書かれてありました。
定年後に人はどれくらいのお金を使うのか? 驚きの調査結果 | DIE WITH ZERO | ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp)
年金で継続的に、ある程度の金額を支給しても消費に繋がらないのであれば、ベーシックインカムも思ったより経済成長には効果がないかもな、と思います。
そういう意味では、もうちょっと若者世代への支出を増やすのが良いかなと思います。
あとは、富裕層の方々が海外に行かず、国内での再分配に納得してくれれば・・・という感じでしょうか?
②「生産性向上による経済成長は、余暇時間を拡大する」への反論
- 1998年以降、労働生産性は向上しているが、有給休暇が増えた人はいないような気がする。
データを用いて、労働生産性と余暇時間の関係性に疑問を呈しています。
有給休暇については働き方改革の影響で改善してきているようです。
ただ、生産性向上のおかげではないですね。
効率化した分、別の仕事を入れたりするでしょうし、他企業との競争があります。結局生き残りのために長時間労働や価格競争、コスト(賃金)カットに走る企業が大多数でしょう。
③「完全雇用実現に必要」への反論
- 日本、米国、フランス、スウェーデンにおける成長率と失業率の比較データを見ても、成長率がプラスな期間に失業率が上昇していることが多く、成長率と失業率の関係にはっきりした結論は出せない。
成長率が上がっても、失業率が下がらない原因はなんでしょうか。
その時々で社会的需要のある仕事が変化していくでしょうし、高度なスキルが求められる場合は習得に時間が掛かったり、従事できる人が限られたりすることなどもあるでしょう。そういった原因で失業が増えているだけな可能性もあります。
経済成長が失業率改善に寄与していたけれど、それ以外の影響も色々とあり、結果的に下がっていただけとも考えられ、結論は出せないですね。
「経済成長と環境保護は両立できる」への反論
経済成長と環境保護が両立できる理由として、①成長はより良い環境を作る、②グリーンな成長、持続的な成長もあり得る、③環境を傷つけてもイノベーションで治せる、というものがあるようですが、それぞれ反論されています。
ここでは、②の持続的な成長についての反論を要約します。
「持続的な成長もあり得る」への反論
- 自分たちの行為が自然にどう影響を与えるか事前に予測するなんて、そもそも不可能に近い。(位置№763)
- 「常に」「必要な時に」「どんな資源に対しても」代替を見つけることが可能だというわけではない。不確定要素はあまりに多く、事前に解決しておくことは不可能である。(位置№788)
車の運転は「かもしれない」運転をするものですが、なぜ経済成長においては「だろう」運転になるのでしょうか。
一度破壊されてしまえば不可逆かもしれない環境を、イノベーションで治せる「だろう」と、めぐりめぐって自分達の首を絞めていることから目を逸らして成長を目指す考え方は、とてもリスキーで不安定だと思います。
多くの人(自分含め)は、目の前の忙しさに忙殺されて、全体最適には目が向かないのでしょう。
アリストテレスの考えた「使用価値」、「交換価値」
著者は、これからの経済を考えるうえでヒントとなる、アリストテレスの考えを紹介しています。
- 何かモノを、生活に役立てる目的で~使った場合、その価値は「使用価値」と呼ばれる。
- ~何かと交換するために使った場合、その価値は「交換価値」となる。(位置№1183)
使用価値は、そのモノの本質や性質による価値ですのでわかりやすいです。
交換価値は、今でいう「転売」や「株」によるキャピタルゲインをイメージするとよさそうです(間違っていたらすみません)。
アリストテレスは、この交換価値を目的とした行為について下記のように考えました。
際限なく、富を集めようとする人は、道徳に従って生きるという意味が分かっていない(位置№1221)
今日のGDPや金融経済は、まさにアリストテレスの言う「交換価値」です。
この頃から、手段が目的化してしまうことへの警鐘を鳴らしていたのでしょう。
しかし、時代が進むにつれ、交換価値が優勢になってしまったそうです。詳細は本書に譲ります。
GDPの代わりの指数を使っても・・・
GDPは、そこそこ優れた指標だと思いますが、上述の通り色々と問題点があります。では、代わりものはないでしょうか?サターさんは、例示、検証しながらも以下のように主張しています。
どんな指数を選ぼうとも、指数を単に入れ替えるだけでは、同じ過ちを繰り返す恐れがある。数字をいじり回すことが、真の目的よりも重要になってしまうのだ。(位置№1796)
結局、どんな指数でも、見逃された視点や削ぎ落とされた要素はあります。
使う側(人間)次第ということでしょう。
よく言われる、日本の「生産性は低い」だとか「〇〇ランキング△位」といった話にも、反映されていない要素は様々あるはず。
そういう数字だと認識したうえで、振り回されるのではなく冷静に捉え、活用できるようにならなければいけません。
減成長による「繁栄」を目指す
現代はイノベーション過剰だ。~どうも私たちは、本当に新しいものを作り出すより、古いものを新しいものとどれだけ速く入れ替えるかに熱心なようだ(位置№2390)
では、目指すべき方向性は何でしょうか。
抽象的な話が多く、理解出来ている自信はないですが、「減成長による繁栄」が目指すゴールのようです。
以下、もさくネコ的解釈です。
減成長とは、GDPにとらわれない、環境保護、消費削減、地方重視、ワークライフバランスなどを含む概念のようです。
繁栄とは、公のハピネス(利己ではなく、利他、他者との関わりを重視)と客観的な幸福(個人ではなく、全体的・社会的な幸福を重視)を合わせたような概念のようです。
もう少し具体的には、どんなことをすればいいのでしょうか?
例えば教育面では、短期的・実用的な教育システムからの脱却し、長期的・理論的視点で利益をもたらす教育システムへの変化を主張しています。
労働面では、仕事の一要素である「自己表現、他人との共同作業の表現である」ことを最重視し、幼児デイケアの無償化、法定労働時間の短縮(32時間)をすることなどを述べています。
主張には同意です。成熟社会に適していると思います。
最大の課題は、どう社会的な合意形成をしていくかとなりそうです。
まとめの感想
私の今の知識では、脱成長や脱資本主義が間違っているとは考えられないです。
経済成長をすべて否定するつもりはありません。
そのおかげで、昔では考えられないほど豊かに生活することが出来ています。
ただ、環境や人などの犠牲の上に成立してますし、デメリットのほうが大きくなってきているように感じます。
そろそろ経済成長至上主義や、現行の資本主義とは違う目標、やり方にしてもよさそうです。
現行のシステムは、テスト勉強に例えてみれば30点から70点ぐらいにするにはよい勉強法(システム)かもしれませんが、それ以上の点数を取るには大変で色々と不具合が出てくる勉強法、というイメージです。
改めて、人間の成長(適応)が一番重要だと思いました。
本書のおかげで、現行の資本主義経済に漠然と抱いていた思いが明確になり、多くの学びを得ることが出来ました。
美しい書であり良書です。