考え抜くことで手に入れるもの~ベストセラー「嫌われる勇気」の課題の分離について思ったこと~
もさくネコです。
あるきっかけで、ベストセラー書籍「嫌われる勇気」の課題の分離について知る機会があり、「考え抜くことは大事だな」と思ったので、書いてみました。
結論
- 課題の分離とは、人間関係の悩みについて、自分の課題と他者の課題に分けること。
- 他者の課題はコントロールできないので関わらない。そうすることで、不必要に悩むことがなくなる。
- しかし、課題の分離を安易に用いるのは少しもったいないとブログ主は思っている。
- 本当の課題の分離は、やり方が違う。
- 考え抜くことでしか見えないもの、手に入らないものがあると思う。
- 課題の分離とは
- 事例~子供が宿題をしないケース~
- 課題の分離に感じた強烈な違和感
- 現職時代に痛感した、私の怠慢
- Aさんとの関わり方を変えてみた結果
- 考え抜いたことは、財産になる
- ちなみに、本当の「課題の分離」の使い方は
- まとめ~考え抜くことでしか得られないもの~
課題の分離とは
「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく。(著・嫌われる勇気より一部抜粋)
様々な人間関係におけるトラブルについて、課題の分離を行うことで、他人との適度な距離感を持つことができ、人間関係の悩みが軽減したりするそうです。
事例~子供が宿題をしないケース~
実際に、課題の分離を行ってみます。
例えば、子供(他人)が宿題をしなくて親(自分)がいらいらするというケースで考えます。
分ける時の基準は、コントロール可能かどうかです。
いらいらするかしないかは、親がコントロール可能なので親(自分)の課題です。
宿題をするかしないかは、子供(他人)の課題です。親はコントロールできません。親が宿題をするよう促しても、実際にするかどうかは子供次第で、コントロールできないからです。
課題を分けた後は、自分の課題だけに集中します。子供の課題は子供に任せて関わらないようにします。
子供が宿題をしないことに悩み続けても、それは子供次第なので解決しないのです。
このように、コントロールの可否を基準に解決できること、できないことをきちんと区別することで、不必要な人間関係の悩みを解消していくことができるのです。
課題の分離に感じた強烈な違和感
ここまで、私が調べたいくつかのサイトに書かれていた課題の分離について書いてきました。
私は、この課題の分離のやり方に強烈な違和感を感じました。
なぜなら、「コントロール可能かどうかわからないけれども、可能性を上げることはできるじゃん」と思ったからです。
現職時代に痛感した、私の怠慢
なぜ、可能性を上げることができると思ったか。
それは、やれることがまだまだあるからです。
私がかつて、対人援助職に従事していた時のエピソードをもとに説明します。
いろいろとトラブルを起こしがちなAさんという利用者さんがいました。
些細なトラブルも見逃すわけにはいかないので、私は度々Aさんを注意していました。私が話かけても、無視するか「うるせぇ」「お前なんかどうでもいい」など暴言を言われるのが当たり前でした。
私は、できれば関わりたくないなぁと本心では思っていました。
ある日、Aさんが別の利用者さんとトラブルを起こした際に私が対応に入りました。
トラブルの内容を聞くと、まぁ9割Aさんが原因かなという内容でした。
私からルールを守る必要性、何がいけなかったか、どうすればよいか、相手に謝ることなど一通り伝えますが、Aさんはまったく聞く耳を持ちません。
Aさんの対応に困り果てていた私でしたが、「伝えるべきことは伝えた。丁寧に対応できた。あとはAさん側の問題。自分はやるべきことをやった。」と思っていました。
しばらくして、またある時、他の職員がAさんのトラブル対応をしている場面に出くわします。
なんと、Aさんがその職員の話をしっかり聞いて、笑顔で話しているではありませんか。もちろんトラブルはしっかり解消されています。
他にも何人かAさんの対応が上手な職員がいたので、私は一体どうやってAさんを納得させたのか、聞いて回りました。
感覚的なものも多分にあり、再現性は高くはないものの、それでも収穫はありました。
Aさんの対応が上手な職員に色々聞いて思ったことは、「自分は全然やれることをやってないな」ということでした。
例えば、ざっと思いつくだけでも
- 何気ない雑談を重ね、話しかけてくる=注意されるという印象を変える。
- 小さな不満や悩みを話してきたときこそ、関係構築の絶好のチャンスと捉え、真摯に対応し、解消できるよう努める。
- 興味・関心を知り、実際に同じものをやってみる。それが雑談のネタになり、関係構築や、さらには相手の思考パターン、どんな価値を持っているか等を知ることに繋がる
- 声のトーンや伝えるタイミングに気を付ける。相手には相手の都合があるので、事前に予告しておくなど対策を講じる。
- 脅すような伝え方ではなく、「〇〇したほうが、あなたにとってもいいよね」のように、良い未来を創造できるような伝え方をする。
- トラブル対応で説得する際に、相手の興味や価値と結びつけて話し、想像しやすく納得しやすい内容にする。
といったことが挙げられます。
まだまだできることはたくさんあったのです。
その時、いかに自分が思考停止していたかを痛感したのです。
Aさんとの関わり方を変えてみた結果
それからというもの、Aさんへの関わり方を変えました。
最初は話しかけても無反応は当たり前でした。でも、焦って、一気に距離を縮めすぎないよう細心の注意を払いました。
関係性の取れている職員と一緒にAさんとの雑談に入ったりし、話しかけられる=注意されるという印象を変えるよう行動したりと色々と試行錯誤を続けていきました。
そんなことを続けていたある日、同じように雑談しようと話しかけると、Aさんから「へぇー、もさくネコはアニメとかゲームのこと意外と知ってるんだねー。」と反応が返ってきました。
私は驚きましたが、なるべく平静を装い会話を続けました。
なんだかんだしばらく二人で楽しく会話ができていました。
それからというもの、Aさんの私に対する態度は一変し、Aさんから私を探しにきたり、私の後ろをあとからついてきたりするではありませんか。
トラブル対応の時は、なかなか一筋縄にはいきませんが、態度は以前と比べ、柔和になりました。
「もさくネコの言ってることもわかるけど・・・」という感じです。
あれだけ、無視して、暴言を言われていたのがウソのようです。
私はこの経験を通して、見える景色が少しだけ変わりました。
考え抜いたことは、財産になる
もし私が、あの時のまま「伝えるべきことは伝えた。丁寧に対応できた。あとはAさん側の問題。自分はやるべきことをやった。」という考えでいたら、決して見ることのできない景色だったでしょう。
課題の分離をして、「これは相手の課題。コントロールできない。これ以上関わらない」とやるのも一つのやり方だとは思います。
でも、それではちょっともったいないかなと思います。
もちろん、その時の状況や人それぞれの適正の違いもあるでしょうから、どこまでをできる、できないの境界線とするかは一律に決められないでしょう。
私は、セミリタイアという形で、ドロップアウトしたような身なので、えらそうなことは言えません。
なので、結果論ではあるのですが、それでも、考えて、考えて、考え抜いた経験は、私にとって一生の財産になっていると思います。
ちなみに、本当の「課題の分離」の使い方は
実は、本当の課題の分離はやり方が違うようです。
分ける時の基準が、結果を最終的に引き受けるのはだれか、というものであったり、相手の課題は放っておいて終わりではなく、相手からの要望があれば、精いっぱいサポートする、というものです。
目的が、他者とともに生き、よりよい形で協働、協力することにあるのですね。
無理やり相手を動かそうとするのではなく、一個人として尊重し、適度な距離を保ち、よい関係を築いたり、自立を促したりするための、課題の分離、なんですね。
結構、誤解があるようです。私もそうでした。
まとめ~考え抜くことでしか得られないもの~
コントロールできないものには触れない、考えないとすることで様々なケースにおいて、精神的な負担は確かに軽減されると思います。
でも、それって本当にコントロールできない、というか変えられないのでしょうか?
少しの余地もないのでしょうか?
考え抜くことは、言葉にするのは簡単ですが、本当に苦しくてつらいです。
ですが、考え抜くことで手にしたものは、きっと人生にとってかけがえのない、一生の財産になるのではないかと思います。
考え抜く経験をしてみるのも悪くはないのではないでしょうか?